2024/11/26
両親が眠る菩提寺は、紅葉が有名。
毎年見にいってるのだけれど、
今年は最高潮のタイミングをはずしてしまったみたいだ。
その代わりといってはなんだが、
初めて行った長野市若穂の清水寺で、
評判どおりの赤に堪能させてもらった。

勤労感謝の日恒例のえびす講の花火。
一度真下で見たことがあったが、
駐車場からなかなか出られず、難儀した。
で、ここ何年も4キロ以上も離れた見晴らしのいい場所から鑑賞している。
繁華街の明かりの上にのぼる花火も
それはそれで趣があるけれど、
十数秒もかかって轟音が届くのが切ない。

氏神様の境内に、イチョウの木とモミジの木がある。
例年であれば、新嘗祭の頃には散り終わり、
落ち葉も風に吹き飛ばされて、どこかへ舞っていってしまう。
でも、今年は遅くまで暑かったせいだろう、
境内はまだ、赤と黄色の絨毯のようなっていた。
秋の彩りも、また来年のお楽しみ。

毎年見にいってるのだけれど、
今年は最高潮のタイミングをはずしてしまったみたいだ。
その代わりといってはなんだが、
初めて行った長野市若穂の清水寺で、
評判どおりの赤に堪能させてもらった。

勤労感謝の日恒例のえびす講の花火。
一度真下で見たことがあったが、
駐車場からなかなか出られず、難儀した。
で、ここ何年も4キロ以上も離れた見晴らしのいい場所から鑑賞している。
繁華街の明かりの上にのぼる花火も
それはそれで趣があるけれど、
十数秒もかかって轟音が届くのが切ない。

氏神様の境内に、イチョウの木とモミジの木がある。
例年であれば、新嘗祭の頃には散り終わり、
落ち葉も風に吹き飛ばされて、どこかへ舞っていってしまう。
でも、今年は遅くまで暑かったせいだろう、
境内はまだ、赤と黄色の絨毯のようなっていた。
秋の彩りも、また来年のお楽しみ。
2024/11/16
奇跡は 誰にでも 一度おきる
だが おきたことには 誰も気がつかない
もう40年ほど前のこと、
月2回発刊のマンガ雑誌「ビッグコミック・スピリッツ」を毎号買っていた。
ちょうどそのとき連載していたのが楳図かずおさんの「わたしは真悟」だった。
その「わたしは真悟」の毎号の扉絵に、
冒頭のフレーズがあった(と思う)。

「わたしは真悟」は、マンガで「奇跡」を表現しようと試みたものか。
産業用ロボットが人間になる。
そんな突拍子もない発想は、楳図さんならではとしか思えない。
ただ物語の終盤、展開があまりに混乱してしまったのは、
ちょっと悔やまれる。
それはさておき、印象的な場面が数々あった感慨深い作品であった。
マンガ家の楳図かずおさんが亡くなられた。
少年期から青年期にかけて、楳図さんのマンガにはお世話になった。
恐怖をありがとう。
面白いギャグをありがとう。
そして、エンターテイメントをありがとう。
およそ一般の人が思いつかない奇っ怪な生き物(化け物?)
血を飛び散らせた死体
残酷なシーンも平気で描く。
どぎつい描写は楳図さんのお得意とするところ。
恐怖におののく少女の表情なぞは、
ああっ、それはもう・・・

突然やってくる恐怖、
おっかねえ。
でも、小っちゃなお○○ちんをさらに縮みこませながらも、
子どもの心はさらに次のページを読みたくてしようがなかった。
手元に現物がないのでうろ覚えなのだが、
「漂流教室」のラストシーン
天空を少年少女が駆け上っていく姿ではなかったか。
「希望」、これもまた楳図さんの作品に現れる。
今頃は空の高いところで「グワシ」とやっているのではないだろうか。
だが おきたことには 誰も気がつかない
もう40年ほど前のこと、
月2回発刊のマンガ雑誌「ビッグコミック・スピリッツ」を毎号買っていた。
ちょうどそのとき連載していたのが楳図かずおさんの「わたしは真悟」だった。
その「わたしは真悟」の毎号の扉絵に、
冒頭のフレーズがあった(と思う)。
「わたしは真悟」は、マンガで「奇跡」を表現しようと試みたものか。
産業用ロボットが人間になる。
そんな突拍子もない発想は、楳図さんならではとしか思えない。
ただ物語の終盤、展開があまりに混乱してしまったのは、
ちょっと悔やまれる。
それはさておき、印象的な場面が数々あった感慨深い作品であった。
マンガ家の楳図かずおさんが亡くなられた。
少年期から青年期にかけて、楳図さんのマンガにはお世話になった。
恐怖をありがとう。
面白いギャグをありがとう。
そして、エンターテイメントをありがとう。
およそ一般の人が思いつかない奇っ怪な生き物(化け物?)
血を飛び散らせた死体
残酷なシーンも平気で描く。
どぎつい描写は楳図さんのお得意とするところ。
恐怖におののく少女の表情なぞは、
ああっ、それはもう・・・
突然やってくる恐怖、
おっかねえ。
でも、小っちゃなお○○ちんをさらに縮みこませながらも、
子どもの心はさらに次のページを読みたくてしようがなかった。
手元に現物がないのでうろ覚えなのだが、
「漂流教室」のラストシーン
天空を少年少女が駆け上っていく姿ではなかったか。
「希望」、これもまた楳図さんの作品に現れる。
今頃は空の高いところで「グワシ」とやっているのではないだろうか。
2024/11/11
国道18号を長野から新潟方面へ向かって車を走らせていると、
信濃町古間の手前で、長い直線の下り坂となる。
その直線の延長線上に妙高山がどっしりと構えている。
それはそれは運転が楽しくなる光景だ。
寒々とした雲が垂れ込めた土曜日、
急速に青空が広がったのをいいことに、
飯綱町のレストランへ出かけた。
さらに天気が良くなったので、
18号の例のポイントを通過して、新井の道の駅まで足をのばした。
帰りは18号と並走する県道を利用したのだが、
その道沿いに「いもり池」がある。
今年の紅葉は今ひとつということを耳にするが、
いもり池のほとりには真っ赤に色づいたモミジの木があった。

もう夕暮れに近い時刻であったので、
妙高山は横からの日の光で、陰影が濃かった。

幸い風もなく、水面は穏やか。
見事な逆さ妙高が池に映っていた。

信濃町古間の手前で、長い直線の下り坂となる。
その直線の延長線上に妙高山がどっしりと構えている。
それはそれは運転が楽しくなる光景だ。
寒々とした雲が垂れ込めた土曜日、
急速に青空が広がったのをいいことに、
飯綱町のレストランへ出かけた。
さらに天気が良くなったので、
18号の例のポイントを通過して、新井の道の駅まで足をのばした。
帰りは18号と並走する県道を利用したのだが、
その道沿いに「いもり池」がある。
今年の紅葉は今ひとつということを耳にするが、
いもり池のほとりには真っ赤に色づいたモミジの木があった。

もう夕暮れに近い時刻であったので、
妙高山は横からの日の光で、陰影が濃かった。

幸い風もなく、水面は穏やか。
見事な逆さ妙高が池に映っていた。

2024/11/08
長野市街地の北部、浅川地区の住民自治会の方が、
ブランド薬師や浅川ダムを巡るウォーキングマップを作ってくださった。
快晴の秋の一日、そこをたどった。
ブランド薬師のある山を「薬山」と呼ぶらしい。
その薬山、ところどころ岩がのぞいていて
アップで見ると深山幽谷のよう。
その山裾を少し行けば、浅川ダムが現れる。
「脱ダム」で物議を醸したのも今は昔、
豪雨のおそれが絶えない現在の状況では
頼もしい存在となっている。
ブランド薬師、下から見ると、
床が中空に飛び出している。
あそこを歩くのはちょっと恐い。
でもそこからは長野市が一望。
ブランド薬師はいい展望台なのだ。
まだ紅葉には少し早い長野市近郊の秋を満喫したのであった。
2024/11/04
正直に、まっとうに生きているのに、
どうしてこんな酷い目にあってしまうのか。
おそらく、人類が知恵を得てからの、
そして未来永劫にわたっての難題だろう。
近年、頻繁に発生する自然災害のニュースに接するたびに、
憤りを覚えてしまう。
なんて理不尽なんだと。
三浦綾子の「泥流地帯」「続泥流地帯」は
そんな自然の猛威による理不尽さを描く。

大正15年、北海道の十勝岳が噴火し、
泥流が上富良野の村を襲う。
石村拓一、耕作の兄弟は、肉親、家、田畑を失ってしまう。
そのような絶望的な状況の中で、どう生きるか、
その生きざまが小説のテーマとなっている。
作者がしたたかなのは、人間の営みによる理不尽さも、
同時に扱っていることだ。
阿漕な人間が平然と生きていることもまた事実だ。
そもそも人の世そのものが理不尽のかたまりではないか。
毎日あくせく働いても報われないのに、
ポチッとクリックするだけで大金を手にする人もいる。
我々はいつも悩む。
努力が報われないことと、どう折り合いをつけたらいいのか。
やがて、正直に、まっとうに働くことをあきらめて、
手軽に金銭を得るため、
他人を酷い目にあわせる人間になってしまう者がいる。
昨今の強盗事件、若者が道を踏みはずすことに、
暗澹たる気持ちになる。
小説の中で兄・拓一は、
火山物質を含んだ泥流におおわれた不毛の大地で、
稲作を復活させようと奮闘する。
彼は言う、
「自分の人生に、何の報いもない難儀な三年間を持つということはね、これは大した宝かもしれんと思っている。」
「全く何の見返りもないと知って、苦労の多い道を歩いてみるのも、俺たち若い者のひとつの生き方ではないのか。」
この言葉に同調してくれる人が、今どれだけいることだろう。
どうしてこんな酷い目にあってしまうのか。
おそらく、人類が知恵を得てからの、
そして未来永劫にわたっての難題だろう。
近年、頻繁に発生する自然災害のニュースに接するたびに、
憤りを覚えてしまう。
なんて理不尽なんだと。
三浦綾子の「泥流地帯」「続泥流地帯」は
そんな自然の猛威による理不尽さを描く。
大正15年、北海道の十勝岳が噴火し、
泥流が上富良野の村を襲う。
石村拓一、耕作の兄弟は、肉親、家、田畑を失ってしまう。
そのような絶望的な状況の中で、どう生きるか、
その生きざまが小説のテーマとなっている。
作者がしたたかなのは、人間の営みによる理不尽さも、
同時に扱っていることだ。
阿漕な人間が平然と生きていることもまた事実だ。
そもそも人の世そのものが理不尽のかたまりではないか。
毎日あくせく働いても報われないのに、
ポチッとクリックするだけで大金を手にする人もいる。
我々はいつも悩む。
努力が報われないことと、どう折り合いをつけたらいいのか。
やがて、正直に、まっとうに働くことをあきらめて、
手軽に金銭を得るため、
他人を酷い目にあわせる人間になってしまう者がいる。
昨今の強盗事件、若者が道を踏みはずすことに、
暗澹たる気持ちになる。
小説の中で兄・拓一は、
火山物質を含んだ泥流におおわれた不毛の大地で、
稲作を復活させようと奮闘する。
彼は言う、
「自分の人生に、何の報いもない難儀な三年間を持つということはね、これは大した宝かもしれんと思っている。」
「全く何の見返りもないと知って、苦労の多い道を歩いてみるのも、俺たち若い者のひとつの生き方ではないのか。」
この言葉に同調してくれる人が、今どれだけいることだろう。
2024/11/01
社会人としての駆け出しの頃、
米子の鉱害防止工事にかかわった。
須坂の山奥、
日本の滝100選になっている米子の滝の真向かいに、
かつて硫黄鉱山があった。
小学校もあって、最盛期には1,500人もいたらしい。
廃鉱となって、
硫黄を精錬したカス、「ずり」と言うようだが、
そのずりが野ざらしとなっていた。
雨水が浸透し、にじみ出てきた酸性水が、
川の水を酸性にしてしまっている、
それを防ごうというのだ。
ずりの上に土をおっかぶせて、雨水を浸透させず、
そのまま流下させてしまうというカラクリであった。
そんなんで大丈夫なんかい、当時はそう思った。
それはともかく、工事にかかわったことで現場に行く機会が多かったものだから、
米子の滝、つまり権現滝と不動滝の2本の滝が、
脳内に確実に刷り込まれた。
そういうこともあってか、
なかなか須坂の山奥まで足をのばそうという気にならなかったのだが、
先日、ほぼ30年ぶりに米子の滝を訪問してみた。

整形された跡地は、今もそのままであった。
そこが絶好の滝の展望台となっている。
北西に開かれていて、妙高戸隠連山国立公園の山々が一望でもある。

かつての「滝山館」という旅館は、
「根子岳山荘」と姿を変えていた。
そこで、おいしいコーヒーとケーキをいただいた。

滝の近くに慰霊碑があったと記憶していたのだが、
うっかり見落としてしまった。
根子岳で山スキーをしていたら日が暮れてしまった。
鉱山の灯火を菅平の明かりと間違え、
滝の上に出てしまい、そのまま・・・。
そんなことであった気がする。
今は、硫黄採掘の喧噪も、
そんな悲しい出来事も忘れ去って、
秋の空気の中、滝の轟音を響かせていた。

米子の鉱害防止工事にかかわった。
須坂の山奥、
日本の滝100選になっている米子の滝の真向かいに、
かつて硫黄鉱山があった。
小学校もあって、最盛期には1,500人もいたらしい。
廃鉱となって、
硫黄を精錬したカス、「ずり」と言うようだが、
そのずりが野ざらしとなっていた。
雨水が浸透し、にじみ出てきた酸性水が、
川の水を酸性にしてしまっている、
それを防ごうというのだ。
ずりの上に土をおっかぶせて、雨水を浸透させず、
そのまま流下させてしまうというカラクリであった。
そんなんで大丈夫なんかい、当時はそう思った。
それはともかく、工事にかかわったことで現場に行く機会が多かったものだから、
米子の滝、つまり権現滝と不動滝の2本の滝が、
脳内に確実に刷り込まれた。
そういうこともあってか、
なかなか須坂の山奥まで足をのばそうという気にならなかったのだが、
先日、ほぼ30年ぶりに米子の滝を訪問してみた。

整形された跡地は、今もそのままであった。
そこが絶好の滝の展望台となっている。
北西に開かれていて、妙高戸隠連山国立公園の山々が一望でもある。

かつての「滝山館」という旅館は、
「根子岳山荘」と姿を変えていた。
そこで、おいしいコーヒーとケーキをいただいた。

滝の近くに慰霊碑があったと記憶していたのだが、
うっかり見落としてしまった。
根子岳で山スキーをしていたら日が暮れてしまった。
鉱山の灯火を菅平の明かりと間違え、
滝の上に出てしまい、そのまま・・・。
そんなことであった気がする。
今は、硫黄採掘の喧噪も、
そんな悲しい出来事も忘れ去って、
秋の空気の中、滝の轟音を響かせていた。
